ANAの旅割を徹底追求
翌日、バスに乗って村外れのレーダー基地、海空軍基地、極地気象観測所、オーロラ研究室を見学して回るが、走行中はみんなぐったり寝込んでいる。
海岸に押し寄せたアィスパック(大浮氷群)も目に入らぬようだ。
意外とあちこちで氷が消えて黒い地表の出ている部分が目立つ。
この夏は異常気象で、例年より暖かかったそうだ。
海が見下ろせる丘陵地帯でバスを降りると、「ここが北極圏か」と疑うほど、地上には黄色や白の草花が生い茂り、短い夏を諏歌している。
なるほど気温は3度。
この地下約160メートルまでがツンドラ地帯、とは信じがたいほどだ。
バローでは、2000年も前からエスキモーたちが狩猟民族としての生活を営んできたといわれ、アラスカではエスキモー最大の集落で、現在は約3000人が住んでいる。
そのエスキモーの村を訪ねる。
昔と違って、色鮮やかなプレハブ住宅が並び、ガス暖房がきいている。
1人の年老いたエスキモーの男が、「チャイニーズ・オア・ジャパニーズ?」と聞いてきた。
「ジャパニーズ」と答えると、「ジャパニーズYを知っているか」という。
私はしばらくためらい、YかYかYAかなどと思いめぐらしているうちに、そうだ、N著の『A物語』で一躍脚光を浴びた、Yのことだと気づき、「Yは有名な日本人だ」というと、「おお、Yはエスキモーの父。同じ日本人大歓迎だ。
私の父はYと親しかった」と、その老人は私の手を強く握りしめて、すぐ近くの食堂に案内し、温かい紅茶をごちそうしてくれた。
彼の息子夫婦が経営している店であった。
バローはもともとエスキモーが「ヌーック」と呼んでいたところで、村をつくって土の家や動物の毛皮によるテント式住宅に住んでいた。
彼らはクジラ、セイウチ、アザラシ、サケ、マス、ホッキョクグマ、カリブーなどの豊富な獲物に恵まれ、他のエスキモー村では見られないような、人口の密集した集落を形成していった。
だが、アラスカがロシア領だった1840年頃から、捕鯨船団や毛皮業者が殺到し始め、エスキモーたちは白人から迫害を受け、その生活をおびやかされることとなった。
1890年から20年もこの地に住み、エスキモー娘と結婚して信望の厚かった、宮城県石巻生まれのYは、獲物を奪われて飢えに苦しむエスキモー10人を率いて、ユーコン川流域のビーバーへの移住に成功した。
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